あの時の気持ちを忘れずに…
⼤学病院に勤務していた頃に⼀⼈の交通事故の⼥性患者Kさんに出会っていなかったら、私の進むべき道も少しは変わっていたかもしれません。スナックに勤務していた25歳位の⼥性でした。ある⽇、助⼿席に座ってドライブを楽しんでいた時、対向⾞と正⾯衝突し、額と左の瞼にケガをしてしまいました。救急⾞で運ばれた病院で縫合処置を受け、『明⽇、⽷を抜いて退院ですよ。傷を⾒ますか︖』主治医の⾔葉に恐る恐る鏡を⾒た彼⼥は、⼀瞬⾝体が凍りつくのを感じたそうです。真っ⾚な傷痕と腫れた瞼がそこに有りました。退院の前の晩だというのに後から後から涙が出て来ます。
数ヵ⽉後、紹介状を持ったKさんは⼤学病院の形成外科を訪れました。まだ⼀般にはなじみの薄い科でしたので半信半疑な、どこか投げやりな感じでした。⼥性にとって、顔は命です。⾃暴⾃棄になるのも無理からぬことです。運良く、瞼の傷は、⼆重のラインにほぼ⼀致するような位置にあったため、⼆重⼿術の切開法に準じて⾏われ、私たちも満⾜するような⼿術結果でした。そして、明⽇退院という前の晩、患者さんからお話があるということでルンルン気分で病室を訪れた私は、⽿を疑ってしまいました。『元々、私は⼀重だったので、⼀重に戻すことはできないんですか︖左右の⽬が違い過ぎるんです。』ケガをした⽅の⽬しか⾒ていなかった⾃分に気づき、動揺したことを悟られないように⾔いました。『しばらく様⼦を⾒て、腫れが引いて落ち着いた時点で反対側の⽬の⼆重⼿術をしましょう。』こう⾔うのがやっとでした。
腫れも引けた2カ⽉後、左側に合わせて右の⼆重⼿術をやりましたが、けがをした⽬をやるより数倍神経を使いました。まっさらな瞼に傷を付ける訳ですから…。
⼿術も無事終わった半年後、Kさんからひょっこり⼿紙が届きました。ケガをしたときは、⾃殺も考えたとのこと。両⽅⼆重にしたおかげで、以前より⾒違えたように性格まで明るくなったこと。お店のお客さんと結婚することになったこと。そして、そのご主⼈が独⽴のための資⾦を出してくれて新しいお店の開業のために忙しくしていること等が便せん3枚にぎっしりしたためられていました。読んでいてこちらも涙があふれてきて最後の⽅は字がかすんでいました。よし、⼈が喜ぶような、誰でも、いつでもできるような美容外科医になるぞ、そう決⼼しました。